はじめに ― 採択はゴールではなくスタート
ものづくり補助金をはじめとする経産省系の補助金は、
「申請 → 採択(交付候補) → 交付申請 → 交付決定 → 事業実施 → 実績報告 → 振込 → 事業化報告」
という長い工程・時間を経てようやく補助金が交付されます。
つまり、「採択=補助金が確定した」ではありません。
交付決定までの間にも、計画変更・辞退・中止など、さまざまな判断が必要になる場合があります。
この記事では、その中でも特に実務上トラブルになりやすい
「採択辞退」「中止・廃止」「事故報告」について、
ここでは「ものづくり補助金」の「補助事業の手引き」をもとに詳しく解説します。
(※補助金制度全体の流れや横断的な位置づけを知りたい方は、こちらの関連記事もご覧ください。)
↓↓ものづくり補助金 補助事業の手引きは下記からダウンロードください↓↓
ものづくり補助事業公式ホームページ ものづくり補助金総合サイト
ものづくり補助金では、採択後に「交付申請へ進まない」「途中で中止する」といったケースも一定数見られます。
理由はさまざまですが、多くは以下のような要因に集約されます。
- 他の補助金との併願による重複回避
- 資材高騰や為替変動によるコスト増
- 経営状況の変化や資金繰りの悪化
- 事務負担・期限管理の難しさ
特に、ものづくり補助金では2025年度に入ってから、省力化補助金との併願による辞退が見られます。
(両方採択されるという、まさに“ぜいたくな悩み”とも言えますが。)
また、設備価格が申請時より大きく跳ね上がったり、経営状況の変化により見込み需要が確保できなくなったりするケースもあり、こうした要因で辞退に至ることもあります。
これらは「制度上の問題」ではなく、経営判断の結果としての辞退・中止が多いのが実情です。
詳細な背景や他補助金との比較については、こちらの横断記事もご覧ください。
採択辞退の手続き(ものづくり補助金 2025年度版)
採択されたものの、事業を実施できなくなった場合は、交付決定前に「採択辞退」の手続きを行う必要があります。
ただし、具体的な操作手順や様式は補助金の年度・公募回ごとに異なるため、最初に事務局へ電話連絡を行うことが最も重要です。
手続きの基本方針
- 辞退は原則として 交付申請(Jグランツ)に進む前 に行います。
- 辞退フォームや様式は公開されていない場合が多く、事務局の指示に従って提出します。
- 辞退が正式に受理されると、採択取り消しとなり、以降の交付申請は行えません。
連絡・申請の流れ
- 1. まずは事務局へ電話連絡
採択通知メールまたは公募要領に記載の「問い合わせ先」に電話し、
「採択辞退を検討している」と伝えます。
担当者が手続きの方法や必要書類を案内してくれます。 - 2. 辞退理由書の提出(指示がある場合)
ExcelやWordで指定様式を送付されることがあります。
内容は「辞退の理由」「申請番号」「法人名」などを簡潔に記載します。 - 3. Jグランツ上での操作(該当する場合)
事務局から指示がある場合に限り、Jグランツで申請データを「取り下げ」または「削除」します。
操作後、受理メールが届くことがありますので必ず保存しておきましょう。
注意点
- 辞退は任意ですが、連絡なし放置は事務局側に迷惑をかけます。
- 辞退の記録は内部的に保管されますが、次回の申請に不利になることはありません。
- 他補助金との併願で辞退する場合は、必ずどちらを継続するか明示してください。
採択辞退は「悪いこと」ではなく、事業判断として正当な行為です。
むしろ早めに連絡することで、関係者への影響を最小限に抑えることができます。
中止・廃止の正式手続き(ものづくり補助金 2025年度版)
補助事業を途中で断念する場合は、「中止・廃止承認申請」の手続きが必要です。
この手続きは、Jグランツ(jGrants)上で行うことが原則となっています。
入力画面の概要
以下の画面は、Jグランツ入力ガイド(補助事業の手引きより)を基にしたものです。
「法人名」「代表者名」などの項目は自動反映されますが、修正が必要な場合は
GビズIDの登録情報を更新してから再同期する必要があります。

出典:ものづくり補助金 交付申請マニュアル(中小企業庁)
「中止・廃止の内容」欄には、以下の2項目を入力します。
- 中止(廃止)の理由:できるだけ詳細に記載します。
- 補足資料(任意):添付がある場合はZIP形式でまとめてアップロードします。
入力が完了したら、右下の「申請する」ボタンを押して送信します。
誤送信を防ぐため、一時保存(下書き)も可能です。

出典:ものづくり補助金 交付申請マニュアル(中小企業庁)
申請後の流れ
- 申請後、事務局側で内容確認が行われます。
- 承認結果は、Jグランツ「マイページ」上で通知されます。
- 承認が出るまでは、補助事業の経費処理や設備廃棄は行わないよう注意が必要です。
「中止・廃止承認申請」は、単なる取り下げではなく、正式な承認申請です。
添付資料がある場合は、必ず整えてから申請しましょう。
事故報告と「善管注意義務」の実務
補助事業の実施期間中に、自然災害・火災・盗難・機械の破損などにより、計画どおりに事業を遂行できなくなることがあります。
このような事態は、補助金制度上「事故」と呼ばれ、速やかな報告義務が定められています。
事故報告とは(制度上の位置づけ)
ものづくり補助金では、次のように明記されています。
「様式第4 事故等報告書」を用い、事象発生後できるだけ早く事務局へ電子メールで提出します。
この報告を怠ると、補助金の取消しや返還対象となる場合もあります。
報告が必要となる主なケースは次のとおりです。
- 地震・台風・大雨等による設備の損壊や被災
- 火災・停電などによる操業停止・事業遅延
- 盗難や誤作動による補助対象機器の破損
- 納品業者の倒産など、やむを得ず事業継続が困難になった場合
提出後、事務局から「計画変更」「中止・廃止」への切替えを指示される場合もあります。
したがって、事故報告は“事後処理”ではなく、事態の発生直後に行う初動対応として重要です。
善管注意義務とは
「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金等適正化法)」により、
補助事業者は善良な管理者の注意(善管注意義務)をもって補助事業を行うことが求められます。
これはつまり、自社の財産以上に慎重かつ誠実に補助対象物を管理する義務を負うということです。
たとえ天災や盗難であっても、注意義務違反(管理不足)が認定されると、補助金の返還や交付決定取消しに至ることがあります。
実務で求められる管理・対応のポイント
- 補助対象設備には必ず所有ラベル(補助事業名・導入年度)を貼付する
- 保険または共済(風水害・火災・盗難を補償するもの)へ加入する(付保割合50%以上が推奨)
- 導入設備の保管場所や担当者を明確化し、操作マニュアルを整備する
- 事故発生時には写真・状況メモ・警察・保険会社への連絡記録を保存する
- 報告内容は「発生日・状況・対応・今後の見通し」を簡潔に整理して提出
これらの対応は、「誠実に管理していた」ことを示すエビデンスとして極めて重要です。
事務局は「不可抗力かどうか」をこの観点から判断します。
事故報告後の流れ
- 事故発生を確認したら、まず事務局に電話・メールで速報連絡
- 「様式第4 事故等報告書」を記入し、メールで送付
- 必要に応じて現場写真・見積書・修理報告などを添付
- 事務局が内容を確認後、「変更」「廃止」等の次の手続きについて案内
事故報告を早く正確に行えば、事務局も柔軟に対応してくれます。
逆に、報告遅延や無断対応は、善管注意義務違反とみなされる恐れがあるため注意が必要です。
現場から見たリスク回避と対応のポイント
補助金の「事故」「中止・廃止」などは、制度上の手続きよりも、初動の速さと誠実な対応がすべてを左右します。
このパートでは、現場での対応を支援してきた立場から、トラブル時に最も重要な実務ポイントを整理します。
1. とにかく「事務局へ早く相談する」こと
事故・中止・廃止に共通して言える最大の鉄則は、「まず連絡」です。
補助金の実務では、「報告が早ければ軽微」「報告が遅ければ重大」と扱われることが多く、初動の報告が“誠実性の証拠”になります。
連絡の際は、次の3点を簡潔にまとめておくとスムーズです。
- 発生日(いつ)
- 発生内容(何が起きたか)
- 影響範囲(補助事業にどの程度の影響があるか)
この3点を伝えるだけでも、事務局は「事故報告」「変更」「廃止」など、次の正しいルートを案内してくれます。
2. 「事後報告」はもっとも危険
事後報告=善管注意義務違反と見なされるリスクがあります。
補助金制度では、事業の変更・中止・損害の発生はすべて「事前承認制」です。
事後に報告しても、「すでに実施済」と判断されてしまうため、承認が下りないケースがあります。
また、事故報告を怠って補助金を受け取った場合、後の監査や実績報告で発覚すると、補助金返還や交付取消しの対象になります。
つまり、「連絡の遅れ」は単なる形式ミスではなく、補助金を失うリスクに直結します。
3. 「証拠を残す」ことが信頼につながる
電話連絡に加えて、メールやFAXでの記録を残すことをお勧めします。
「〇月〇日に〇〇担当者に連絡済」「指示内容:~~」など、経緯メモを残しておけば、
後に監査や確認が入った際も「誠実に対応していた」ことを客観的に証明できます。
4. 「想定外」は免責されない
補助金の世界では、「想定外」は理由になりません。
地震や台風など不可抗力の場合を除き、計画変更・資金不足・経営判断による中止は、
すべて「事業者の管理責任」とされます。
したがって、リスクを感じた時点で早めに相談・記録・修正を行うことが、結果的に最善の防御になります。
5. 「誠実な相談」が最良の防御策
補助金の事務局は、決して敵ではありません。
早めに相談していれば、計画変更や廃止を「適正処理」として整理してくれるケースも多いです。
逆に、黙って放置したり、後から説明を変えると、信用喪失・返還リスク・公表リスクが一気に高まります。
トラブルが起きたときほど、「一報を入れる勇気」があなたの事業と信用を守ります。
報告義務違反・管理不備によるペナルティ
事故報告や善管注意義務は、単なる形式的な義務ではなく、補助金交付の継続・返還を左右する重要なルールです。
もし義務違反や虚偽申請などが確認された場合、交付決定の取消しや補助金返還など、厳しい措置が取られます。
主な違反・不適正事例とその結果
| 発生事象 | ペナルティ(/結果) | 根拠となる資料 |
|---|---|---|
| 中止または廃止の事前承認違反 | 事務局の承認なしに中止・廃止を行った場合、交付決定取消し等の措置が取られる可能性あり | 交付規程 第3条等 |
| 交付規程・適正化法違反 | 交付決定取消し、補助金返還、不正内容の公表など | 補助金等適正化法/交付規程 |
| 要件不適格による手続き不履行 | みなし大企業化や資格喪失後の手続き放置で交付決定取消し | 補助事業の手引き(第3章) |
| 虚偽の申請・報告 | 採択取消し・交付取消し・補助金返還、悪質な場合は次回応募停止 | 公募要領・交付規程 |
| 不正・不当な行為 | 補助金返還+加算金、悪質な場合は公表・刑事告発(懲役5年以下または罰金100万円以下) | 補助金等適正化法 第29条 |
| 事業化状況報告の未提出 | 報告遅延・虚偽報告により補助金返還を求められる場合あり | 交付規程 第13条 |
| 複数補助金の重複受給 | 後発の補助金交付決定取消し+返還 | 補助事業の手引き 第2章 |
| 善管注意義務違反 | 機器の破損・紛失等が不注意と認定された場合、交付決定取消し・返還 | 補助金等適正化法 第9条 |
| 取得財産の無断処分 | 処分制限期間中に承認なしで譲渡・廃棄した場合、交付取消し | 交付規程 第12条 |
事故報告を怠った場合のリスク
事故そのものに対して罰則はありませんが、報告遅延・不報告・虚偽報告が確認された場合は、
善管注意義務違反と同様に、交付決定取消しや補助金返還の対象となります。
つまり、「早期報告」こそが最大の防御です。
💬 ひとことでいうと、初動が第一、判断と相談は早急に。
補助金のトラブルは「待つ」より「動く」ことでしか解決しません。
正確な手続きよりも、まずは早い連絡と誠実な報告。それが、信頼を守るいちばん確実な方法です。

